パーキンソン病の疑いがあった5人の有名人とは?その理由も紹介!

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パーキンソン病とは、40歳代~50歳代に発症することが多い、神経変性疾患です。

症状はゆっくりと進行することが特徴で、直接の原因は不明ですが、ドーパミンが減少することで起こると考えられています。

パーキンソン病は日本には約10万人の患者さんがいると言われており、今後高齢化社会が進むにつれてより一層患者数は増えてくると予想されております。

単純計算すると1000人に1人と言われております。
この数字を見てみなさん思ったよりも「多い」と感じたのではないでしょうか。

みなさんが知っている著名人・有名人でも実はパーキンソン病であったり、疑われていた人がいらっしゃいます。

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①アドルフ・ヒトラー(1849年4月20日~1945年4月30日)

アドルフ・ヒトラー

オーストリア・ドイツ国の政治家で「独裁政権」でも有名な軍人です。
ナチス指導者として反ユダヤ主義を掲げた政治活動を行った人物です。

彼の死はベルリンで包囲され自殺したとされていますが、実は生存していたという説もあり詳細は不明です。

過去の映像を見てみると、1942年頃からヒトラーの左手が震え始めています。

この映像を見た神経内科の専門医や当時ヒトラーを実際に見ていたドイツの軍医は、パーキンソン病であると診断したと言われています。

しかし、当時はまだパーキンソン病の治療法は無く震えたままであり、後に右手にもその症状が現れ、不自由になっていったと言われています。



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②横井庄一(1915年3月31日~1997年9月22日)

横井庄一

「恥ずかしながら帰って参りました」

この言葉に聞き覚えがある方もいるのではないでしょうか?
当時の流行語にもなった言葉です。

横井氏は日本の陸軍軍人で、1935年?1939年に補充兵として帝国陸軍に入営し、4年間軍務を行っていました。

その後、1941年に再度軍に呼ばれ、満州に行った後に1944年からはグアムに配属されました。

横井氏は、この戦争で戦死したとされておりましたが、実は生存していたのです!
残留日本兵として戦争が終わったことを知らずに28年間戦っており、57歳で日本に帰還しています。

晩年は様々な病気にかかり、82歳で心臓発作のために亡くなられましたが、横井氏も亡くなる前はパーキンソン病にもなられていたと言われています。

③岡本太郎(1911年2月26日~1996年1月7日)

岡本太郎

日本を代表する芸術家で、ピカソにも影響を受けていると言われています。
代表作は1970年に大阪で万国博覧会が開催される際に製作した「太陽の塔」です。

岡本太郎も晩年はパーキンソン病に悩まされていたと言われており、急性呼吸不全(パーキンソン病が原因とされる)により、84歳で亡くなっています。

少しずつ手が動かなくなり、歩くことが難しくなっていったと言われています。

④永六輔(1933年4月10日~2016年7月7日)

永六輔

2015年、メディアでも訃報が届いた永六輔氏は、日本の昭和歌謡の作詞家の代表的な人物です。
作詞家でもありつつ放送作家でもあり、ラジオパーソナリティーとしても活躍されておりました。

2009年に呂律が回らなくなり、2010年にパーキンソン病と診断されたことを公表しました。

投薬治療により症状が良くなりラジオ番組にも闘病ののちに復帰されたことでも有名です。

その後、転倒による骨折などを何度か繰り返し、2016年6月にラジオ番組を降板。
翌月7月に亡くなられました。
直接の死因は肺炎と言われております。

⑤江戸川乱歩(1894年10月21日~1965年7月28日)

江戸川乱歩

日本を代表する推理小説家です。
代表作は「怪人二十面相」で、雑誌連載された当時は爆発的な支持を受けていました。

乱歩は、晩年高血圧や動脈硬化を患い、さらにはパーキンソン病を患いました。

だんだんと自分の手で執筆することが困難になり、晩年は家族に筆記をしてもらうことで執筆活動を続けていました。

最期はくも膜下出血により、70歳で亡くなられています。

まとめ

パーキンソン病は実は診断がとても難しい疾患であるため、今回5名の著名人の名前を挙げましたが、特に昔に「診断」された方については、本当にパーキンソン病であったのか否かの真実は明らかではありません。

他にも今ご存命の方でパーキンソン病と診断され、必死に闘病生活を送られている方もいらっしゃいます。

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